貴方と私で らんでぶぅ?


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互いの敵対組織へ籍を置く身同士なのだ、
本来なら仲睦まじい方がおかしいのであって。
実際の話、彼らもまた、
真っ向から対峙し、お互いを否定するところから始まっている。
相手をさんざん憎み嫉み、本気で命の奪い合いを繰り広げたその只中にて、
限界まで何もかもを絞り出した末の肌身で拾った
直観とも言える級の感覚で 相手の技量を認め合って、今に至っている二人なのであり。
だから余計に、隠されている素顔であったり、発言がまとう真意や何や、
本人ではないのだから見抜けないはずのものまでも、
醸す空気や匂いのようなものへ “あれ?”と違和感を覚えることもあれば、
打ち合わせなぞしなくとも、次にどう出るか何をしでかすかの予測が
自身の延長のような“感覚”で判ったりもする。

 『考えてる事は同じか?』
 『当然だ。何度貴様と殺し合ったと思っている。』

あの露系の魔人から吹っかけられた忌々しい“共食い”戦の最中、
実働隊として放たれた敵方アジトにて、
幹部格だった難敵、岩礫の異能者相手に
そのような短いやり取りのみで戦いしおおせたコンビネーションは半端ではなく。

  本人たちは認めやしないかもしれないが、
  そういうところが もはや既に “相棒”たりうる二人と言えて。

確固たる自負がない、無自覚のままなところがまた、
固執はあまり知らぬ彼ららしい、自然体な結束なのかもしれない。



     ◇◇


太宰に紹介されたという本日の訪問先は、元故買屋だった男性が営む骨董品店で、
今現在の品揃えは どこへも後ろ暗いところのないものばかりだが、
昔の伝手が絶えたわけでもない身なため、
主に資産家の好事家へ接触を持ちたい折は連絡を取っている相手だそうな。

 『なに、山ほど貸しを作ってあるから、
  どんな無理難題を持ってっても まずは断られないよ。』

それは爽やかな笑顔は相変わらず絶品なお師匠様で、
よくよく精査しないまま聞いていたなら、
“まあなんて頼もしいお方vv”とご婦人らがグロス単位で墜ちたかもしれないが。

 『故買屋さんへの“貸し”って…。』

その字が示すそのまんま、盗品の売買を専門としていた人を
有無をも言わさず引き摺り回して従えることが可能な“貸し”ともなりゃあ、
およそ真っ当なものじゃあないってことくらい、新人の虎くんにだってようよう判る。
間違いなく裏社会を渡ってた人だよな、どんなおっかない人だろう、
太宰さんへは従順でも、丁稚格の存在へは八つ当たりとかするよな人かもと、
人となりとを訊いた折にはついついお顔が歪むほどドキドキしちゃったけれど、

 『警戒しなくても大丈夫だよぉ。』

今や表の世界で不都合なく商売している人だもの、
もともと確かな審美眼とか ちゃんと持ってた人だし、
人柄だって温厚で、ちょっとお調子者ってくらいかな?と。
初夏の陽が降りそそぐ窓辺で、眩しげに目許を細め、
それは麗しく微笑って見せた上司様だったのをふと思い出す敦だったりし。
過去は聞いてしか知らない彼の人は、
実は裏社会で まだ十代であったのに名を馳せてた人物だと知っても尚、
相変わらずの飄々とした態度も 迷惑製造機なところも
そこに何やら裏があるとはいちいち思えずで。
自分が単純だからでもあろうが、
人を振り回す彼の笑顔が それほど底意地の悪いものと思えないからでもあって。

 “…芥川のことを偉そうには言えないか。”

十分頼もしいくせに、あの太宰を相変わらず盲従する傾向がある彼なのを、
吐息混じりの諦念がかりで見やることがあるものの、
だが、ようよう思えば自分も同じではないかと苦笑する虎の少年であり。

 「?」

何て見えて来たものがあったわけでもないのに表情がほころんだことへ、
間合いよく振り向いた連れがほのかに眉を寄せたが、

 「……って。」
 「え? ホント?」

周囲を行き交う人々がどこか不穏な声を立てたのへ、二人揃ってハッとする。
太宰とはそんなややこしい関わりがあるという相手が
自身の店に持つ画廊まで、
某新進気鋭の画家の個展と常設の骨董品展を観に行く途上だったが、

 「火事?」
 「炎は見えぬがそうらしいな。」

往く手にあたる辻の角っこ、
やや遠巻きになって、だが関心大有りというやじ馬が集まっており、
そんな人垣の向こう側、通りの向かいに太宰に言われた雑居ビルが見えている。
正面の両合わせ型の出入り口から慌てて飛び出してくる人が絶えず、
近所の消防団かヘルメットに濃紺の半被を羽織った顔ぶれが、
それ以上は危険だから近寄るなと雑踏の整理に掛かっており、
遠くから消防車のサイレンも聞こえていて、
だが、敦の耳だから聞こえるほどまだまだ遠い模様。

 「○○さんは見えるか?」
 「周辺には居らぬ。」

同じことを案じたのだろ、弟分から訊かれるまでもなく、
ざっと見回し、記憶にある姿を探ったらしい黒の青年がそうと応じたが、

 “もっとも出火の原因であり、よっていち早く逃げたのかも知れぬが。”

太宰もあてにする縁故はそのまま危険なことへの導火線でもあり。
自身の身一つで逃げる手段として、
時代劇に出て来る、囲炉裏へ水をかけての“灰かぐら”ではないが
火を放って逃げるというのも手ではある。
ただ、手慣れていないと自分も危険だし、
最近の建材はいきなり炎が上がらないので、
目に見えて火が出るような準備がないと相手を慌てさせるのは難しいかも知れぬ。
芥川がそんなこんなという思惑を巡らせていた傍ら、
敦もまた件の建物を凝視しつつ眉を寄せている。

 「…まずいな。」

いきなり炎が上がらないその代わり、物によっては異臭や有毒ガスが出る。
吸収されても速攻で致死にはならぬ種のものであれ、
それで意識混濁となり、逃げられぬまま炎に撒かれる例も多い。

 「若しかして、何か持ち出そうとして逃げ遅れたのかも。」
 「……。」

家を建てるにあたり、警察関係者は外からの侵入を防ぐ家をと望み、
消防関係者は外からの救援がしやすい家を望むのだとか。
風呂場やトイレの窓に格子枠を組むお宅が多いですが
あんなのドライバー一本であっさり外せるのに、
火事となると熱変化してバールで叩きでもしないと外せなくなるんだそうな。
マフィアの兄様が敵から逃げたのではと勘ぐっている真横にて、
流石は探偵社員、ある意味真っ当な“そういう解釈”をしていた少年だったらしく。

 「…っと。芥川はこのまま知らん顔で帰っていいよ。」

自分は武装探偵社の人間で、義務こそないが観た以上は何か手を打ちたいと思ってもしょうがない。
だが、連れの青年はそうはいかぬ。
余計な行動をとってしまい、表社会の官憲へ尻尾を掴まれてどうするか。
というか、知らぬ間に敦のベルトを握っており、義理はないのだろうと訊きたげな貌になっている。
さすがに面倒ごとに関わりたくないのかなと思ったが、だったら自分だけ身を遠ざければいいのにね。

 「素人が邪魔をするなと追い返されるぞ。」

有無をも言わさずこの場から強引に掻っ攫うのではなく、
一緒に身を遠ざけぬかと敦の意思を一応問うてくれたのだろう。
考慮してくれたのを有難いなぁと思いつつ、

 「手伝いますと正面から向かえばね。」

自身の意向は変わらないということか、
せっかくの美男も台無し、胡乱げなものを見るよな顔をする兄人へ、
ふふーと ほんわり笑って見せた虎の子くんだった。




to be continued.(18.06.02.〜)




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 *短くってすいません、
  次の展開がちょっとややこしそうなので、ついでには書けないかなぁと思いまして。
  ああいやその、このくだりがついでだなんて…。